古屋圭司通信

「Voice」平成18年4月号(株式会社PHP研究所発行)にてインタビューを受けましたので、発行元より許可を得て転載いたしました。
<人権擁護法を阻んだ功労者たち> 
 ―――政府が昨年、提出を予定した人権擁護法案をストップしたのは「真の人権擁護を考える懇談会」でした。その座長を務めたのが、郵政民営化法案に反対して自民党を離れ、いまは無所属の古屋圭司さんです。人権擁護法案の問題点についてはいかがですか。
 古屋 まず申しあげておきたいのは、人権侵害への擁護はしっかりすべきだということです。私が問題と考えているのは、人権擁護法案が出てきた経緯が、きわめて不明確なことです。
 平成五年に国連総会で採択された「パリ原則」、それに平成十年、国連の人権委員会の勧告から始まっている。このとき、政府は公式に、現行の人権救済体制は必ずしも不十分ではなく、新たな機関を設置する必要はないという見解を出している。それが自自公連立政権になって、パリ原則に合致するために、独立性の高い、いわゆる「三条委員会」が必要ということで、初めて法案が出てきた。ここがそもそものポイントです。
 要するに、地域改善対策特定事業に関わる国の財政特別措置関連法が失効になり、別の法律が必要だという政治的な判断が働いたのではないかと私は推察しています。その法案は衆院解散で廃案になったのですが、昨年になって、廃案になった法案とほとんど同じ中身のものが急浮上した。
 法案の本質的な問題の一つは、人権侵害の定義の不明確さです。人権侵害は「不当な差別、虐待、その他人権を侵害する行為」と規定され、人権侵害イコール人権侵害という定義です。恣意的な解釈によって運用される危険性が高い。二つ目は、強制的な調査権限を含め、人権委員会の権限が強大すぎる。三つ目は、加害者とされる人の救済措置が不十分です。四つ目は、人権擁護委員の選定資格がきわめて曖昧なことです。
 ―――人権擁護委員の資格に現在ある国籍条項がなくなっていました。
 古屋 外国人が人権擁護委員になれることも問題ですが、いちばんの問題点は、人権侵害の定義に絡んで「差別的言動」や「人権侵害を受ける恐れ」などの表現があることです。いわば「人権侵害」をいった者勝ちで、拡大解釈の余地が大きい。かつての治安維持法の復活といっても過言ではありません。言論の自由という民主主義の根幹を揺るがす恐ろしい内容を含んでいることをぜひ指摘したいと思います。この点については法務省主流である刑事局の幹部も、きわめて曖昧でクオリティ(質)の悪い法案と認識していましたね。
 あえて申しあげたいのは、この法案に真剣に反対していた若い議員、たとえば城内実、古川禎久両氏などは、きわめて明確にこの法案の問題点を指摘していました。以前から当選していたわれわれは、この法案が提出されたとき、マスメディア規制に焦点が集中し、本質的な問題点に気がつかなかった。それから「真の人権擁護を考える懇談会」を設立したのですが、私は人権擁護法案に対してアクティブに行動した議員こそが、真の保守主義者だと思います。
 
 ―――保守政治の再生を担えるわけですね。
 
 古屋 人権擁護法案に異論を唱えた議員の何人かは、先の郵政選挙で無所属になり、また不幸にして落選しました。だがこうした理念は、しっかりと糾合する必要があると思います。そこで自民党の同志議員とともに、超党派による、真の保守主義を標榜する政策勉強会を立ち上げる予定です。「自由で活力があり、歴史・文化・伝統を大切にし、世界から尊敬される国」をめざし、その理念に基づき、さまざまな政策提言を行なっていきたいと考えています。
 まずは喫緊の課題として憲法と教育基本法の改正。集団的自衛権の行使を禁じる政府解釈の変更を求めます。また小泉首相の靖国神社参拝は明確に支持するとともに、参拝への外国政府による干渉に対しては毅然とした対応をとり、無宗教での国立追悼施設の建設は認めません。
 さらに、皇室典範の安易な改正には絶対反対です。北朝鮮の拉致は国家テロです。この完全解決なくして国交の正常化はありえない。その有力な解決の手段として、経済制裁を求めます。
 最後は、地方の視点に立った構造改革。地方の産業構造を変えることによって、真に地方に活力と自信を取り戻す。ライブドア事件を契機に、あらためてクローズアップされている改革の「陰」の部分をバックアップし、弱い人も努力により強くなれる社会システム、再挑戦を可能にする社会の構築。勉強会でこうした政策をまとめ、今年の六月を目処に出版したいと思っています。
 
 ―――皇室典範改正に慎重論が出ています。
 
 古屋 一月の記者会見で、安倍官房長官がこの問題に「党議拘束」をかけるべきだと発言した。私は、あれは上手な言い方だったと思っています。党内で徹底的な議論をしないと、党議拘束はかけられません。一方で、皇室典範改正に問題意識をもつ議員が増えてきています。
 ということは、議論をすればするほど、有識者会議の報告書に基づく改正案の矛盾点が浮き彫りになる。それを強引に押し切って、党議拘束をかけることは難しいと思う。
 
 ―――国民の理解はいかがですか。
 
 古屋 まだ浸透していないと思います。しかし、最近はワイドショーなどで女系天皇と女性天皇の差などを解説することも多くなり、少しずつ理解は進んでいると思います。有識者会議案のような全面改正など必要なく、皇室典範第一条を若干手直しすることです。
「皇統に属する男系の男子が、これを継承する」を「男系の子」にすることによって、一二七代(現在は一二五代)までの男系維持は可能です。四十年間は十分もつ(笑)。そのあいだに次の対策を考える。先人たちは皆、そうやって考えてきました。皇室典範を急いで全面的に見直す必然性はどこにもない。
 先日、紀子さまご懐妊のニュースが伝わりました。仮に男子が誕生すれば、現行典範上でも第三位の継承順位となるわけです。なおさら拙速な改正など行なう必要はありません。天皇制をかつて否定し、現綱領では存続を当面容認するとした日本共産党が(現に陛下がご出席される国会の開会式には、共産党議員は一人も参列しない)賛成を表明していることからも、天皇制廃止の第一歩になりかねないのです。
 
 ―――守るべきものをどう考えていますか。
 
 古屋 日本の文明でしょう。日本は長い歴史のなかで、太平洋戦争後の一時期占領はされたけれども、一度も侵略されたことも、奴隷国家になったこともない。この世界に例を見ないわが国の歴史の根底に何があるかというと、お互いを助け合う精神が生きつづけていると思っています。
 たとえば、「無尽講」はその一つです。仲間が集まって掛け金を払い、まとまったお金を仲間内で最も困っている人に融資する。無尽講の説明を外国人にすると、彼らからは「なぜそんな行きすぎた助けをしなくてはいけないのか」と聞かれます。農耕民族の社会では、隣の田んぼとこちらの田んぼと収穫が違うということが起きる。なおかつ狩猟民族でない以上、よその土地には移動できない。同じ場所で生活する以上、互いに譲り合うことにした知恵の一つです。こうした精神は、日本のもつ素晴らしい特性です。
 真の保守主義とは、良きものは守り、改革すべきものは直していく。それを日本のスタンダード(基準)によって行なうことです。海外の良い精神は取り入れるが、全部鵜呑みにすることはありません。そこをはき違えてしまう人が多いのは残念です。

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